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ストレス
4月から社会人ということで、そういう生活をしております。はぴしあです。 今まで学生時代というものは暇すぎる割に金もないし、働きたくもないしっていう感じだったわけですが、今は週末しかあんまり自由にならないし、ついでにいうと出て行く金が多すぎてやっぱいお金もない感じなわけなんです。 今までが自由すぎたせいか、時間に束縛されてる感じがあんまりまだ慣れなくて、ただそれだけでストレスを感じている次第であります。 さて、社会人になる、働くというのは単純に自立して生きていくことでもあります。今まで親の力で生きてきたのが全部自分の責任でいくことになるわけです。 そういう感じのストレスも少し感じていて、ついでにいうと4月というのは出会いの季節。同期も含めて多くの出会いがあり、大変気を遣う時期でもあります。 時間の束縛・社会人としての責任・新しい人間関係のストレス。ふと思いついたものだけでも3つのストレスが新たに降りかかりまして、正直ちと疲れております。 そういうときに考えるんですね。一体、僕は何のために生きているのだろう、と。 何のために生きてるの? 人間が生きるのはきっと、現在のため、もしくは未来のためなんだと思います。まあ現在ってのは今生きていくためで、未来のためというのはもちろん何らかの夢実現のためというわけです。 同期とかと話をしていると、今付き合ってる彼女とそのうち結婚したいだの、金ためて車を買いたいだの、仕事で夢を実現したいだの、そういう夢・希望の類を聞きます。生憎僕には今のところ彼氏がいませんし、車も好きじゃない。お金を使うのがそもそもあんまりスキじゃない(ケチ)。仕事に対してそれほど夢も持ってない。 思うんですね。 あれ、僕何のために生きてるの?って。 学生時代が100%楽しかったかというとそうでもないんですが、明らかに学生から社会人になって僕の精神的健康、すなわちテンションは下がってるんですね。生きることが幸せになるためだとしたら僕は確実に学生時代から不幸になっている。 人間生きていくために働くことは不可欠なわけなんですけれども、その一方で働くこと=不幸になること、かもしれないとも思うわけなんです。 だとすると、僕はその幸せの埋め合わせをどこかでしなければならない。生きていればそのうち幸せになれるなんて信じてませんから。今から幸せにならないと、あるいはなろうとしないと一生幸せになんかなれません。 最近、僕の中で嬉しいこと・楽しいことってのはなんだろうと考えてみますと、やっぱり「男」なわけです。 幸せとは「男」と見つけたり 男といっても別に誰かと付き合いだしたわけでも、身体だけの関係がうまれたわけではありません。新しい出会いの中で、魅力的な男が数名いまして、そういう男をみると刹那的ではありますが喜びが生まれ、そういう男と仲良くなったと思うとさらに幸せが深まるわけです。 あと、坂口憲二。テレビとかで見ると(ドラマはみませんが)少し心が癒されます。 結局、僕の最近の生活の中に最も潤いを与えてくれているのは「男」。そう昨日気付いたわけです。 というわけで僕はこれから「男」のために生きていこうと思います。 できれば僕が燃え上がるくらい魅力的な人と知り合って、仲良くなって、恋をして、相手の気持ちもアップして、そんな状態が続くことが第1ステージ。 そういう状態がキープできたなら、次はその「彼氏」と同棲することが第2ステージ。幸せな生活のためなら僕もきっと仕事のやりがいもアップすると思うんです。主夫にも憧れますけどお互いが依存しすぎるのは良くないとおもうからそれは却下。 第3ステージは法整備も整ってきたところを同性パートナーシップ制度導入。社会的にも二人は「夫婦」だね、なんて言いながら幸せを深めていきたいと思います。可能ならば里子とかそういうのも考えたいですね。 で、第4ステージは定年後。お互いがお互いのことを慈しみながら田舎で自然と戯れながら余生を送る。 はい、妄想終了です。 でも、そういう夢があってもいいかなぁと思ってる今日この頃。 とりあえず心ときめくような殿方と知り合わねば。 |
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